仕手銘柄は危険がいっぱい?

仕手株はプロに任せろ!

代表的な仕手筋・加藤暠とは?

   

株式市場など公開された金融市場において、人為的に相場を作り、短期間で大きな利益を得ることを目的とする仕手筋は、今なお経済事件の主役として金融市場に衝撃を与えています。特に彼らが狙うのは、株式投資において低株価で空売りしやすく、発行数が少ない仕手株です。当該企業のみならず、融資する金融機関や他の投資家を巻き込む騒動として名を残す経済事件は多いです。

この仕手筋として有名なのが加藤暠で、1980年代に誠備グループを率いて兜町の風雲児と呼ばれた人物です。1981年に所得税法違反で逮捕され実刑判決を受けていますが、最後まで資金源に対して口を割らず特捜部の思惑が外れた形になっていますが、これが復帰できた要因にもなっています。復帰後は稲川会石井会長と組んで本州製紙の仕手戦、1995年に新しい風の会を設立しての仕手戦、2003年株式研究の会「泰山」を立ち上げ再度復帰します。その後は般若の会を主催するなど、今なお精力的に活動しています。

顧客からの人望が厚いことから、医師や社長、政治家など約800人の大口投資家を集めたのが誠備グループで、最盛期には会員数が4000人を超えたと言われます。このグループを率いて数々の仕手戦を繰り広げてきたわけですが、なかでも有名なのが宮地鉄工所の仕手戦です。同グループの買い占めから、1979年12月時点では200円台だった同社の株価が、1980年8月下旬のピーク時には2950円の高値をつけるほど株価が跳ね上がります。これにより約70%の発行済株式が買い占められ、役員派遣を受けて会社乗っ取りまでに発展します。その後上記で述べたように、官民共同の加藤包囲網により、東京地検特捜部に逮捕されましたが、グループの顧客とその黒幕を明かさなかったことで、男を上げ出所後も復帰することができたとされます。

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